2017年11月15日水曜日

田中勝蔵氏の「マカロニトマトソース」

「西洋料理十二ヶ月」(大正一年)は上野精養軒の元料理長、田中勝蔵氏が仕事の合間に書き留めた料理日記を、世の細君たちのために抜粋したものだそうだ。料理日記という名の通り、365日分の本格的な西洋料理とそのレシピが紹介されている。日本の季節に合わせた旬の食材を使った料理も多く紹介されているし、デザートや焼き菓子類の紹介も豊富で面白い。
今回はこの本の四月二日の項から「管麺赤茄子被汁(マカロニトマトソース)」を作ってみた。




ただ茹でたマカロニにトマトソースをかけたものではない。マカロニを玉葱と丁子の入った湯で茹がいたら、たっぷりのチーズで作ったソースで和え、さらにトマトソースを添えたものである。この食べ方、現代ではありそうでない食べ方じゃなかろうか。
マカロニを和えるソースも生クリームとチーズのみで作る。この二つのまこと簡素なる乳製品を鍋に入れて温めていると、チーズがどろりととろけて何とも美味しそうな様相を呈してくる。立派なソースのできあがりだ。「ああ、これ絶対美味しいだろうな。」とぶつぶつ独り言が出てしまう。余分な味付けはしない。

今回、一番迷ったのはどの種類のチーズを使うのかだった。
大正前期までに日本に紹介されていたチーズを調べてみるに、
鈴木敬策著「農業製造学教科書」(明治41年)には
硬質乾酪として
 「チヱシアー」(チェシャー)、「グローセスター」(グロスター)、「チヱツダー」(チェダー)、「ダツチ」(ゴーダのことか)

軟質乾酪として
「クリームチース」(クリームチーズ)、「バス」(バースチーズ)、「ヨークシア」(おそらくヨークシャーカードか、フレッシュタイプのウエンズリデールか)

中質乾酪として
「グリユヱエール」(グリュイエール)、「スチルトン」(スティルトン)

以上の名前が代表として挙げられ、『就中、英国産の「チヱツダー」、仏国産の「グリユヱエール」はその名尤も高し。』と紹介されている。

また佐野力氏著「バター、チーズ簡易製造法」(大正五年)においても、チェダー、スティルトン、チェシャーの名が挙げられ、特にチェダーを代表的なチーズとしてその製造法を取り扱っている。

ここで驚くのは、日本に紹介されていたチーズの中でも、イギリスのチーズの多さである。日本に西洋式の食文化が伝わった頃、チーズに限らずスコーンやヴィクトリアサンドイッチ、チェルシーバンズや古いプディング類など、多くのイギリスの食べ物がそのままの形で紹介された。フランス料理と同じくらいの数のイギリス料理の本も出版されている。それがどうしたものか、ローストビーフやウスターソースやらを除いて、これらイギリスの食べ物のほとんどがあまり日本には残らなかったようだ。同じようにスティルトンやチェシャーも日本人の口には合わなかったのか、21世紀になった今でもスーパーに普通に並ぶことはない。

話を今回の料理に戻すが、トマトソースとマカロニと聞いたら現代では通常パルミジャーノなどのイタリアのチーズを選びそうなものだが、ここは大正時代の料理である。先程の日本でのチーズの普及状況を鑑みるに、チェダー等が適当ではないかと判断した。
そのため、今回この料理にはイギリス産のチェダーチーズを使うこととする。

ではマカロニトマトソースの拵え方を紹介しよう。

   *           *           *

マカロニトマトソース
材料(三人前)         

・トマトソース(作り易い分量)
 よく熟したトマト 400~500g
 ハムの微塵切り    10g
 タイム
 ローレル
 白胡椒                各少々
 スープ        小匙1

マカロニ    300g
玉葱      1/2個
クローブ    2粒

生クリーム   45cc
チェダーチーズ 140g

拵え方
一、トマトソースを作る。鍋に半分に切ったトマトと、ハム、ハーブ類と白胡椒、スープを入れて弱火にかける。蓋をして30分ほど煮込む。焦げ付かないように時々かき混ぜながら煮る。充分濃く煮詰まったら、篩で裏漉しする。

二、クローブを刺した玉葱と、塩を加えた湯でマカロニを茹で、ザルに上げて水気を切る。

三、フライパンに生クリームとおろしたチーズを入れて混ぜながら弱火にかける。チーズが全部溶けて糸を引くようになったらマカロニを加えてよく和える。

四、皿の中央にマカロニを三角に盛り、トマトソースをかけて完成。


元レシピ(画像をクリックすると拡大します)



1918年公開のロスコーアーバックルの映画「The Cook」での一場面のキートン。マカロニで思い出しました。アーバックル&キートンの映画の中でも一番好きな作品かもしれません。




2017年11月9日木曜日

村井多嘉子女史の「豆腐めし」

村井多嘉子著「一年間のお惣菜 附録月月のお漬物」(昭和三年)より、「豆腐めし」を作ってみた。




この豆腐めし、これまで作ったレトロ料理の中でも五本の指に入るほど美味しい。食べながら天を仰いでしまうほどの美味しさ!
そのため、私はもう数えきれないほど作っている。豆腐は良いものでも、安いものでもかまわないが、絹ごしではなく木綿豆腐で作った方が美味しいように思う。
コツはふたをせずにトロ火でじっくり煮ること。そして、一度冷まして味を含ませることではないだろうか。豆腐と一緒に大根を煮てもよろしいかと思う。

村井多嘉子さんは、名著「食道楽」の作者村井弦斎氏の奥さんで、ご本人も相当な料理上手だったらしく、ご自身でも多くの食に関する本を出している。
この「一年間のお惣菜 附録月月のお漬物」は、毎月その季節に合った料理を紹介しているのだが、どの料理も家庭の主婦が作ることを念頭に置いてあり、経済的で簡単、そして何より家族みんなが喜びそうなメニューが多い。読んでいるだけで楽しくなる本だ。
また、現代の感覚ではちょっとビックリするような注意書、例えば「馬鈴薯と薄荷は一緒に食べてはいけない」とか「缶詰は膨らんでいないものを選びなさい」(昔は缶詰の加工技術が現代ほど発達しておらず、中で腐敗して缶が膨張するなんてことがあったようだ。)とか「毒虫に刺されたら里芋で湿布をしなさい」などが書かれてあってなかなか面白い。
食養生についてもかなりの知識をお持ちだったようで、美味しいだけではなく、子どもの健康面や病人に対して配慮した部分も多くみられた。

この本は、西洋料理については各材料の分量が明記されているが、日本料理については細かい分量は述べられていない。辻嘉一氏が書かれていたが、そもそも日本で日々食べられてきた家庭料理は、その家の好みや季節による体調、味覚の変化に応じて分量を加減しながら作るものとのことで、これには私は大賛成である。明治大正に書かれた料理本の多くに手順は書いてあっても、分量の表記が無いのも、日本の家庭料理がもともとはこのように作られてきた経緯があるからではないだろうかと思う。
なので、下記に記したレシピの分量は私が実際に作って美味しいと感じた分量であって、元の本とはやや違うし、万人が美味しいと思う味でもないと思う。あくまで目安程度にされたい。

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「豆腐めし」の拵え方
               

材料(二人分)
木綿豆腐         一丁
昆布と鰹のだし 600cc
濃口醤油    大匙4強
味醂      大匙3
砂糖      大匙2

薬味
 大根おろし
 ねぎ
 もみのり
 柚子の皮
 七味唐辛子

御飯

拵え方
一、豆腐は細長い拍子木に切る。もしくは豆腐めしの名店「お多幸」のように一丁を厚さ半分にして大きいまま煮るのもよろしい。(我が家はいつもそうするのが好き。)

二、だし汁に、醤油、味醂、砂糖を加えてよく混ぜ、豆腐を崩さないようにそっと入れる。煮立つまでは中火にかけ、ぐらっときたらすぐに弱火にして蓋をせずに30~45分ほど煮る。煮る時間は豆腐の大きさに依る。

三、火を止めてそのまま冷まして味を含ませる。

四、薬味を準備する。大根はおろして水気を切る。葱は小口切りにして水に暫く晒してから水気を切る。海苔は火取ってから揉んで砕いておく。柚子の皮は細かく刻む。

五、御飯を盛り、上から豆腐とその汁をかける。大根おろしと葱をのせ、あとは好みの薬味をかけて混ぜながらいただく。

〔附言〕
薬味に柚子胡椒を使ったらとても美味しかったです。

元のレシピ(画像をクリックすると拡大します)
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2017年11月8日水曜日

鶴岡新太郎氏の「大根東漬け」

鶴岡新太郎著「和洋新家庭料理」(大正十二年)より、「大根東漬け」を作った。




醤油風味の酢の物という感じで、柚子の爽やかな香りが美味しい。唐辛子を小口切りにして入れるので、ピリッとするのもよい。とても簡単で、御飯にもよく合う。

東漬けは、他の本でも吾妻漬けと紹介されていたが、あまり聞いたことのない名前の漬け物だ。ただ大根の醤油漬けそれ自体は大して珍しい存在ではない。東漬けという名前がいつどこで忘れ去られていったのか、気になるところである。
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大根東漬けの拵え方

材料           


大根(中) 18cm(約半分)
柚子(小)    1個
唐辛子       1本
みりん    大匙2
酢               大匙2
醤油           大匙1

拵え方
一、大根は皮をむいて約1.5mmの薄い輪切りにし、水に晒してアクを抜く。柚子も同様に切って種を去っておく。唐辛子は種とワタを去って小口切りにする。

二、アルコールが苦手な場合は味醂は一度煮立ててアルコールを飛ばし、冷ましておく。

三、大根は笊に広げて暫く置き、完全に水気を切っておく。袋等に大根を入れて醤油、酢、味醂、唐辛子と柚子も加えてよく混ぜる。しっかり封をしてから冷蔵庫で二三日漬ける。

〔附言〕
味醂を煮切るのは元のレシピには無い工程ですが、自分と同じようにアルコールが苦手な人もいると思うので付け足しておきました。

元のレシピ(画像をクリックすると拡大します)

秋山徳蔵氏の「ソースキュリ」

秋山徳蔵著「仏蘭西料理全書」(大正十二年)より、「ソースキュリ」のレシピでカレーソースを作ってみた。セロリやパセリを多目に使い、コンソメでのばすのが特徴。目玉焼きをのせて高等ライスに。



カレーライスの上に目玉焼きをのせたものを高等ライスと呼ぶ。それを知ったのは故郷岐阜にある明治40年創業の洋食店あじろ亭がきっかけだった。岐阜には以前、三河亭というさらに古いお店があり、そこの高等ライスが有名だったようだが、残念ながら閉店してしまった。

あじろ亭の高等ライスは牛肉とマッシュルームが入った白っぽいカレーライスに絶妙な焼き加減の目玉焼きがのっている。目玉焼きを割ると黄身がとろっとこぼれる、ここに創業当時から受け継がれているという特製のソースをかけて食べるのだが、これが涙が出るほど美味しい。生まれて初めて食べた時は、あまりの美味しさに罪の意識さえ感じた。


あじろ亭のカレーが食べたい、毎日そんなことばかりを考えているが、故郷の岐阜はなかなか遠い。何とかしてあの味を家で再現できないだろうかと古い料理本でカレーのレシピを見つけては無謀な研究を繰り返す日々である。創業100年を越える老舗の味に一介の小娘が挑むのは誠に愚かしきことと思われるが、そうせざるを得ないほど、あじろ亭のカレーに魅了させられてしまったのだ。


     *          *          *

秋山徳蔵の「ソースキュリ」のレシピを応用した高等ライスの作り方



材料(5~6分)           
玉ねぎ      25g
セロリの茎   100g
パセリの茎    30g
バター    大さじ5
タイム      少々
ローリエ     一枚
ナツメグ     少々
小麦粉      48g
カレー粉     小さじ4
コンソメ     800cc
牛肉        300g
マッシュルーム  10個
御飯       人数分
玉子       人数分

拵え方
一、牛肉は食べやすい大きさに切って塩、胡椒をし、小麦粉(分量外)をふって、バター大さじ1で炒める。コンソメスープと湯200ccを注ぎ、アクを取りながら肉が柔らかくなるまでじっくり煮る。煮えたら肉とスープを分けておく。

二、玉ねぎ、セロリ、パセリの茎は細かくみじん切りにする。

三、フライパンにバター大さじ1を溶かして玉ねぎ、セロリ、パセリを軽く色づくまで炒める、タイム、ローリエ、ナツメグを加えてさっと炒める。

四、残りのバターを足し、小麦粉とカレー粉を加えて焦がさないように弱火でしばらく炒める。

五、4に1のスープを少しずつ加えながら、そのつどダマにならぬようによく混ぜる。スープが全部入ったら煮込み用の鍋に移し、蓋をしてトロ火で45分ほど煮込む。底が焦げ付かないように時々かき混ぜること。

六、5のソースを濾し、味をみて塩、胡椒で調味する。

七、マッシュルームを四つ割にして、牛肉と共に6のソースで二十分くらい、トロ火で味を含ませるように煮る。ソースが煮詰まりそうな場合は湯またはスープを足す。逆に薄い場合は、暫く煮詰めて調整する。仕上げに味をみて、塩胡椒で調味する。

八、お皿に御飯をよそい、カレーをかけ、半熟に焼いた目玉焼きをのせる。

〔附言〕カレーソースにポートワインかマデイラ酒を加えて作ると、より美味しくできました。元のレシピより大幅にカレー粉の量を増やしています。原文のレシピにあるようにココナッツミルクで作っても美味しそうです。

今回使用したレシピ(写真をクリックすると大きくなります)

田中勝蔵氏の「マカロニトマトソース」

「西洋料理十二ヶ月」(大正一年)は 上野精養軒の元料理長、田中勝蔵氏が仕事の合間に書き留めた料理日記を、世の細君たちのために抜粋したものだそうだ。料理日記という名の通り、365日分の本格的な西洋料理とそのレシピが紹介されている。日本の季節に合わせた旬の食材を使った料理も多く紹介さ...